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第22回本公演『シニタイ ウィズ ヴァンパイア』稽古場レポート
第22回本公演『シニタイ ウィズ ヴァンパイア』の稽古場にて取材をしていただきました!
是非ご一読下さい。
以下本文↓

20年の時を経た劇団プレステージは、この夏も歩みを進める。|【稽古場レポート】劇団プレステージ『シニタイ ウィズ ヴァンパイア』
劇団プレステージの第22回本公演『シニタイ ウィズ ヴァンパイア』が、8月13日(水)に浅草九劇で開幕する。初日まで1週間ほどと迫った猛暑の日、その稽古場を取材した。
劇団プレステージは2010年に旗揚げ。舞台はもちろんのこと、映画、ドラマ、ラジオなど各方面で活躍するメンバーが所属している。2025年の今年、前身のユニット時代から数えて活動20周年を迎えた。記念公演として第1弾『ノロとゴン』を4月に上演したばかりで、本作は第2弾となる。
脚本・演出を務めるのは、プレステージおなじみの福島カツシゲ。出演者は、長田成哉、齋賀正和と、劇団員から、岩田玲、坂田直貴、長尾卓也、大村和明の4名、さらに、かつてメンバーであった結城洋平、株元英彰も集結した。

「不老不死サイフォー!!」
稽古場に訪れて最初に聞いた台詞、というより音楽だ。猛暑の外気に勝るほどアツい、楽しそうな熱気に満ちていた。あとから、あるシーンの返し稽古であったことが分かった。福島いわく、“サイフォー”は“最高”の最上級らしい。「ふ~ろう~ふ~し~さいふぉ~!」からはじまる、テンポ感の良いミュージックが披露された。
そう、「不老不死」という言葉から想像できるように、この舞台作品には“吸血鬼たち”が登場するのだ。“ヴァンパイア”ではなく“吸血鬼”。作品名はかつての洋画も彷彿とさせる『シニタイ ウィズ ヴァンパイア』なのに……。観劇に訪れた際には、この言葉の使い分けにも注目してほしいことを、最初に記しておく。

吸血鬼たち(配役はお楽しみに)が登場するのは、とある公園。彼らは、人生に絶望して死を願う男・若井(長田成哉)と出会う。そして血を吸う…のではなく、若井の願いを物理的に妨げようとする。しかしなぜか、彼らの口から出てくるのは、次の言葉だった。「死なせてやるから、飛び降りて死ぬなんて、そんなもったいない事すんな。」「死なせてやるから、とりあえず泣け!」「キレイに死なせてやる。」はたして死なせたいのか、死なせたくないのか。
一方公園の片隅には、ダンボールやブルーシートでつくられたスペースがあり、そこにホームレスのふたりが暮らしている。ひとりは、元大学教授(齋賀正和)。落ち着いた声で、哲学的な話を好む。もうひとりは元会社社長(坂田直貴)。壊れた携帯電話(ガラケー)をずっと握りしめている。彼らの様子は、後藤と呼ばれる警察官(大村和明)が時折巡回に訪れて見守っている。


若井と吸血鬼たちの攻防、ホームレスのふたりと警官の日常、それぞれの物語が並行して展開し、コメディタッチで描かれていく。真面目な調子で話すやり取りにも言葉遊びが頻繁に登場し、その秀逸さに口角が幾たびも上がった。一方後半になるにつれて、もやがゆっくりと晴れるようにエピソードが交差する瞬間もあり、それには思わず落涙。
演出の福島は、台詞に合わせて自分の右手や左手、ときには立ち上がり全身を使いながら、俳優の台詞の発し方や身体の動かし方に指示を出していく。それはまるでオーケストラの指揮者のようであった。
この登場人物は誰に向けて話しているのか、また話す相手に対してどのような感情を持っているのか、そのニュアンスをどのように観客に示すのか、非常に細やかに、調整を行っていた。調整後にシーンを通すといつも、筆者の感情は一層素直に反応した。それは心地よいものであった。
俳優たちは、役の見た目に囚われず、それぞれの登場人物が持つ気質をしっかりと身体に馴染ませ、舞台上を生きていた。
たとえば、不老不死である吸血鬼たちは、牙を持っているし、年齢だって数百年、数千年の差があるのだが、その不死の身体を喜んで日々を過ごしている者もいれば、時代の移り変わりを受け止めきれず“死にたい”と願う者もいる。
ホームレスのふたりは、今はよれた服を着て、ダンボールを敷布団にして生活しているが、そこに至る過程があり、それぞれの意思をもって、毎日“働いて”いる。

物語のはじまりで死にたいと願っていた若井は、生きてきた時間の長さや世界がこんなにも異なる人たちと、ひとつの公園で会話を重ねるのだ。多様な思考を一気に浴びて、彼が次の一歩をどこに歩み出すのか、ぜひ共に見届けたい。
不老不死の吸血鬼たちが過ごしてきた時間には及ばないかもしれないが、現世で劇団を20年もつづけることは、そう容易ではないはずだ。着実に歩みを進めてきた劇団プレステージ。出演するメンバーとプレステージの距離はそれぞれであれど、彼らがつなぐこの場には、生きること、生きつづけること、死ぬこと、生(せい)をつなぐこと──この物語に、ふかく強いまなざしで真摯に向き合う姿があった。夏の浅草で笑いに肩を揺らし合いながら、湧き上がる感情をじゆうに味わってほしい。
文:臼田菜南
